親の介護が始まった途端、兄弟の間で不公平を感じてしまう…。そんな悩みを抱えて「親の介護 兄弟 不公平 知恵袋」と検索する方は少なくありません。自分だけが負担している気がする、お金や手間の偏りがつらい、将来の相続まで不安になるなど、状況は家庭ごとに違っても苦しさの本質は共通しています。しかし、この問題は正しく状況を理解し、現実的な対処法を知ることで、必要以上にこじらせずに向き合うことが可能です。放置すれば兄弟関係の悪化や法的トラブルに発展するリスクもありますが、この記事ではそうした不安や失敗を防ぐための考え方や対策を、知恵袋で多い声や実情をもとにわかりやすく解説していきます。
- ・兄弟で不公平が生まれやすい親の介護の現実と背景
- ・知恵袋で多いトラブル事例と実際に起こりやすい問題
- ・お金や責任をどう分担すればいいのかの具体的な考え方
- ・兄弟関係を壊さないために今すぐ意識すべき対処ポイント
親の介護で兄弟の不公平は生まれる?知恵袋で多い悩みと現実

親の介護に直面したとき、多くの方が「なぜ自分だけがこんなに大変なのだろう」「兄弟は何もしていないのに不公平だ」と感じやすくなります。知恵袋などの相談サイトでも、兄弟間の不満や戸惑いに関する書き込みは非常に多く見られます。ここでは、なぜ不公平が生まれやすいのか、どんな場合に深刻なトラブルへ発展しやすいのか、そして現実的な分担の考え方まで、順を追って整理していきます。
兄弟に不公平が生まれる理由とは?
親の介護において兄弟間の不公平が生まれやすい最大の理由は、「生活環境」「立場」「価値観」がそれぞれ大きく異なることにあります。たとえば、親と同居している子どもと、遠方で家庭を持っている子どもとでは、そもそも介護にかけられる時間や労力が大きく違います。その結果、物理的に動ける人に負担が集中しやすくなります。
厚生労働省が公表している介護者に関する調査でも、主な介護者の約6割が「同居している家族」で、その中でも配偶者や子どもが中心となっているとされています。このデータからも、介護の負担が特定の家族に偏りやすい構造があることが分かります。兄弟全員が平等に関われる環境にある家庭は、実はそれほど多くありません。
さらに、不公平感を強める要因として次のような点も挙げられます。
- 親の性格や意向によって、頼られる兄弟が固定されてしまう
- 長男だから、実家に近いからという理由で役割が決めつけられる
- 介護にかかる費用を誰がどこまで負担するのかが曖昧なまま進んでしまう
- 「やっている側」と「やっていない側」で状況の理解に大きな差が生まれる
介護している側は、毎日の食事、通院の付き添い、夜間の見守り、役所や介護サービスとのやり取りなど、目に見えにくい負担を継続的に背負っています。一方で、離れて暮らす兄弟からはその苦労が伝わりにくく、「そんなに大変だとは思わなかった」「お金は出しているから十分だと思っていた」という認識のズレが生じやすくなります。この積み重ねが、やがて強い不公平感へと変わっていきます。
また、親の財産や相続への不安も、不公平感を大きくする要因です。「介護している自分のほうが多くもらえないのはおかしい」「何もしていない兄弟と同じ取り分では納得できない」と感じるのは、決して珍しいことではありません。介護とお金の問題は切り離しにくく、感情面でもこじれやすいテーマです。
このように、兄弟の不公平は誰かが特別に冷たいから生まれるのではなく、環境や役割、情報量の差といった現実的な要因が重なって自然と生じてしまうものだと言えるでしょう。
裁判になるケースは?
親の介護をめぐる兄弟トラブルは、必ずしも話し合いだけで解決できるとは限りません。実際には、感情のもつれが深刻化し、最終的に裁判にまで発展するケースも存在します。ただし、すべての不公平が訴訟に直結するわけではなく、裁判になるのは一定の条件が重なった場合に限られます。
裁判に発展しやすい主なパターンとしては、次のようなケースが挙げられます。
- 介護を主に担った兄弟が、他の兄弟に対して金銭的な補償を求めたが拒否された場合
- 生前に親から特定の兄弟だけが多額の援助や不動産を受け取っていたことが、相続時に問題になった場合
- 遺言書の内容に不満があり、介護の貢献度が反映されていないとして争いが起きた場合
- 介護費用を立て替えていた人が、その返還を求めた場合
とくに多いのが相続の場面です。介護が終わり、親が亡くなったあとに、「介護をしてきた貢献度」と「法定相続分」のズレが一気に表面化します。民法の基本的な考え方では、相続は原則として法定相続分に従って分けることになります。そのため、どれだけ長年介護をしてきたとしても、自動的に多くの財産を受け取れるわけではありません。
ただし、介護に大きく貢献した場合には「寄与分」と呼ばれる制度を主張できる可能性があります。これは、被相続人(親)の財産の維持や増加に特別な貢献をした相続人が、相続分を上乗せしてもらえる仕組みです。しかし、寄与分が認められるには、一般的な家族の扶養義務を超える特別な貢献が必要とされ、証拠や客観的な資料が求められます。実際には、寄与分をめぐる争いが調停や裁判に持ち込まれることも少なくありません。
また、生前に兄弟の一人が親の通帳や財産管理を任されていた場合、「使い込みではないか」「説明が不十分だ」と疑念が生まれ、訴訟へ発展するケースもあります。介護とお金が絡む問題は、感情論だけでなく法的な争点にもなりやすく、当事者だけで解決するのが難しくなる傾向があります。
裁判にまで進んでしまうと、時間的にも精神的にも大きな負担がかかります。解決までに何年もかかることも珍しくなく、兄弟関係が完全に壊れてしまう場合もあります。そのため、「ここまでこじれる前に話し合いの場を持つ」「第三者の専門家に相談する」といった早めの対応が、後のトラブル回避につながります。
兄弟でどう分担するのが現実的?

親の介護を兄弟で分担するうえで最も大切なのは、「完全な平等」を目指すのではなく、「それぞれが無理のない範囲で役割を持つ」という考え方です。生活環境も経済状況も違う兄弟が、まったく同じ負担を背負うのは現実的ではありません。だからこそ、役割の見える化と話し合いが重要になります。
現実的な分担の方法としては、以下のような形がよく取られます。
- 実際の介護(食事、排せつ、通院など)を担う人
- 金銭面での支援(介護費用、施設費用の分担など)をする人
- 手続きや連絡係(ケアマネジャー、役所、病院との調整)を担当する人
- 定期的な見守りや話し相手、気分転換のサポートをする人
たとえば、親と同居している長女が日常的な介護を担い、遠方に住む長男と次男が毎月一定額を介護費用として分担する、といった形もよく見られます。また、金銭的な余裕はないものの、年に数回は必ず帰省して介護の手助けをする、という関わり方も立派な分担の一つです。
重要なのは、「誰が何をどこまで担当するのか」を曖昧にしないことです。最初は善意で始めた介護でも、役割が曖昧なままだと、「自分ばかりが損をしている」という思いが蓄積しやすくなります。口約束だけで進めるのではなく、簡単なメモや共有ノート、家族会議の記録など、形に残しておくことで誤解を防ぎやすくなります。
また、介護サービスを積極的に利用することも、兄弟間の負担調整には欠かせません。訪問介護、デイサービス、ショートステイなどを組み合わせることで、介護する側の身体的・精神的な負担を大きく軽減できます。介護を「家族だけで抱え込まない」という意識を兄弟全員で共有することが、不公平感の解消につながります。
さらに、定期的な話し合いの場を設けることも現実的な分担には不可欠です。親の状態は時間とともに変化します。最初に決めた役割が半年後、一年後もそのままで良いとは限りません。状況に応じて分担を見直し、その都度納得できる形に調整していくことが、兄弟関係を壊さずに介護を続けるための大きなポイントになります。
親の介護に正解はありませんが、「誰か一人がすべてを背負わない体制」を意識して作っていくことが、結果的に不公平感を減らし、長期的に見て家族全員を守ることにつながります。
親の介護が原因で兄弟不仲になるのはなぜ?
親の介護が始まると、それまで普通に連絡を取り合っていた兄弟でも、少しずつ関係がぎくしゃくしていくケースは少なくありません。最初は「協力してやっていこう」という気持ちでスタートしたはずなのに、気づけば不満が積み重なり、会話すら避けるようになってしまうことがあります。親の介護が兄弟不仲の引き金になりやすい最大の理由は、負担の偏りと気持ちのすれ違いが同時に起きやすい環境にあるためです。
厚生労働省の介護に関する調査でも、主な介護者の多くが「精神的なストレス」や「家族関係の悪化」を抱えていることが明らかになっています。介護は身体的な負担だけでなく、感情や人間関係にも大きな影響を及ぼすことが、客観的なデータからも読み取れます。
兄弟不仲が生まれやすい背景には、次のような要因が複雑に絡み合っています。
- 介護の負担が特定の兄弟に集中しやすい
- 離れて暮らす兄弟が大変さを実感しにくい
- お金の負担についての話し合いが不十分なまま進む
- 親の意向や過去の家族関係が影響する
- 「感謝されない」という気持ちが積み重なる
介護を担っている側は、睡眠不足や自由な時間の減少、将来への不安など、日々さまざまなストレスを抱えています。そうした状態で、兄弟から「まだ大丈夫でしょ」「施設に入れたらいいじゃないか」といった軽い言葉をかけられると、「何もわかっていない」と強い怒りや虚しさを感じてしまいます。一方で、離れて暮らす兄弟は、たまに様子を見に来るだけのため、介護の大変さを実感しにくく、「そんなに大事だとは思わなかった」「自分も忙しい」と考えてしまいがちです。
また、介護をきっかけに過去のわだかまりが再燃することもあります。子どもの頃の親からの扱いの差、進学や結婚をめぐる不満、相続に対する不安など、表に出ていなかった感情が介護を機に一気に噴き出してしまうことも珍しくありません。
たとえば、長年親と同居してきた次女が主に介護を担っていた家庭で、遠方に住む長男が「お前が勝手にやっているだけだろう」と言ってしまったことで、次女の心が完全に折れてしまったというケースもあります。この一言がきっかけで、兄弟の連絡は途絶え、親の葬儀まで顔を合わせない状態になってしまいました。兄弟不仲は、ほんの一言の行き違いから一気に深刻化することがあります。
親の介護は長期戦になることも多く、その間に生じた小さな不満や誤解が積み重なれば、兄弟の関係が壊れてしまうのも無理はありません。だからこそ、最初から完璧に分かり合おうとするのではなく、「考え方の違いがあるのは当然」という前提で、定期的に話し合いを重ねていく姿勢が何より重要になります。
兄弟不仲は突然起きるものではなく、少しずつ進行していく傾向があります。不満をため込まず、小さなうちに共有し合うことが、関係悪化を防ぐ最大のポイントだと言えるでしょう。
兄弟が遠方にいる場合の対応策は?
兄弟が遠方に住んでいる場合、物理的な距離があることで介護の分担がさらに難しくなります。「近くに住んでいるから」という理由だけで一人に負担が集中しやすく、不公平感が生まれやすい典型的なパターンです。しかし、距離があるからといって、まったく協力できないわけではありません。現実的にできる支援の形を整理しておくことが、気持ちのすれ違いを防ぐ大きな助けになります。
遠方の兄弟ができる支援は、実際の介護だけに限られません。次のような役割分担が考えられます。
- 介護費用や医療費の金銭的な分担
- ケアマネジャーや施設探しの情報収集
- 役所や保険に関する手続きのサポート
- 定期的な帰省による短期的な介護の手助け
- 電話やオンラインでの親の見守り
たとえば、平日は仕事で動けない兄弟が、週末にまとめて帰省し、通院の付き添いや買い物、部屋の掃除などを引き受けるだけでも、日常的に介護を担っている人の負担は大きく軽減されます。また、月々の介護費用やサービス利用料を兄弟全員で話し合って分担すれば、「お金も労力も一人が背負っている」という不満は生まれにくくなります。
さらに、最近ではオンラインツールの活用も有効な手段です。家族でグループチャットを作り、親の体調や介護の様子、通院結果などを写真やメッセージで共有することで、遠方にいる兄弟も状況をリアルに把握しやすくなります。「現場の大変さが見えない」ことが不公平感の大きな原因になるため、情報共有は非常に重要です。
遠方にいる兄弟が「自分は何もできない」と感じてしまうと、自然と介護への関心が薄れてしまいます。しかし、金銭面や連絡係、情報収集役など、距離があっても果たせる役割は数多く存在します。むしろ、動けないからこそできる支援を積極的に引き受ける姿勢が、兄弟間の信頼を保つことにつながります。
実際に、関東に住む姉と地方に住む弟がいた家庭では、姉が日々の介護を担い、弟が毎月一定額の介護費用を振り込み、さらに施設情報の収集や行政手続きを中心で引き受ける形で役割分担をしました。その結果、「姉だけが苦労している」という意識が和らぎ、兄弟関係を保ったまま介護を続けることができたそうです。
兄弟が遠方にいる場合に最も避けたいのは、「どうせ来られないから」と最初から期待をしない姿勢です。役割を明確にし、できる形で協力し合うことで、距離があっても支え合う介護体制は十分に築くことが可能です。
距離は変えられなくても、関わり方は工夫次第でいくらでも調整できます。遠方という事情を言い訳にせず、それぞれができる形で関与していくことが、長期的な不公平感の解消につながります。
親の介護をきっかけに兄弟が絶縁する原因とは?
親の介護をきっかけに、兄弟が完全に絶縁してしまうケースは決して珍しいものではありません。最初は小さなすれ違いだったものが、介護という大きな出来事の中で少しずつ膨らみ、やがて修復不可能な関係へと発展してしまうこともあります。絶縁にまで至る背景には、感情面と現実面の両方が深く関係しています。
絶縁に発展しやすい主な原因として、以下のような点が挙げられます。
- 介護の負担が一人に極端に偏っている
- 金銭的な援助が十分に行われていない
- 介護の方針をめぐって意見が真っ向から対立する
- 親の財産や相続をめぐる疑念が生まれる
- これまでの家族関係の不満が一気に表面化する
たとえば、「施設に入れたい兄」と「最後まで自宅で看取りたい妹」の間で意見が真っ二つに割れると、お互いが相手を「冷たい」「無責任」と感じてしまい、強い敵意を抱くことがあります。話し合いが感情的になり、相手の意見を尊重できなくなったとき、関係修復は一気に難しくなります。
また、介護が終わったあとに表面化する相続問題も、絶縁の大きな引き金です。「介護してきた自分が報われない」「何もしていなかったのに同じだけ相続するのはおかしい」といった思いが爆発し、裁判にまで進むケースもあります。裁判まで発展すると、兄弟が二度と連絡を取らなくなることも珍しくありません。
実際の事例として、10年以上母親の在宅介護を一人で続けてきた次男が、母親の死後、兄と姉から法定通りの相続分しか認められなかったことに強い不満を持ちました。兄と姉は「法律通りだから問題ない」と主張し、次男は「自分は人生の大半を犠牲にしてきた」と訴えました。話し合いは平行線をたどり、最終的に調停を経ても和解には至らず、兄弟関係は完全に断絶してしまいました。
さらに、絶縁の背景には「感謝の言葉がなかった」「労いの気持ちが伝わらなかった」といった、金銭では測れない感情の問題が深く関わっている場合も多く見られます。介護をしてきた人にとって、「ありがとう」の一言があるだけで救われる気持ちになることは少なくありません。しかし、その一言がなかったことで、「自分は利用されただけだ」という深い失望感に変わってしまうこともあります。
絶縁にまで発展してしまうと、親が望んでいたであろう家族の形とはかけ離れた結果になってしまいます。本来、親の介護は家族が協力し合い、支え合うための出来事であるはずです。しかし、話し合いを避け、感情を抑え込んだまま進んでしまうと、取り返しのつかない溝が生まれてしまいます。
親の介護をきっかけに兄弟が絶縁する大きな原因は、「負担の不公平」と「感情の行き違い」が同時に進行してしまう点にあります。どちらか一方でも早い段階で向き合えていれば、絶縁という最悪の結果は避けられる可能性が高まります。介護は人の心を追い詰めやすい状況だからこそ、意識してコミュニケーションを取り続ける姿勢が何より大切だと言えるでしょう。
親の介護で兄弟の不公平は生まれる?知恵袋でよくあるお金と責任の問題

ここからは、親の介護において特にトラブルになりやすい「お金」と「責任」の問題について見ていきます。知恵袋などでも非常に多く相談されているテーマで、感情と現実が強くぶつかる部分です。お金や義務の問題は、正しい知識を知らないまま進むと、誤解や不信感が生まれやすく、兄弟関係を壊してしまう大きな要因になります。それぞれのケースについて、法律や制度の考え方、実際に起きやすいトラブルの流れを踏まえて整理していきます。
介護をしない兄弟にお金を請求できるのか?
親の介護をしていると、「自分だけが時間もお金も使っている」「何もしていない兄弟にも費用を負担してほしい」と感じる場面は非常に多くなります。結論から言えば、介護をしない兄弟に対して、必ずしも自由にお金を請求できるわけではありません。ただし、一定の条件がそろえば、費用の分担を求めることができる場合もあります。
まず前提として、日本の法律では、親には子どもに対して扶養を求める権利があり、同時に子どもには「扶養義務」があります。この考え方は民法にも定められており、生活に困っている親に対して、兄弟それぞれが能力に応じて支える義務があるとされています。ここで重要なのは、「兄弟全員に平等な金額の支払い義務が自動的に発生するわけではない」という点です。
実際の介護現場では、次のような費用が日常的に発生します。
- 介護保険サービスの自己負担分
- おむつや介護用品などの消耗品費
- 通院時の交通費や付き添いの費用
- 在宅介護が難しくなった際の施設入所費用
- 住宅改修や福祉用具の購入費
これらの費用を、同居している兄弟や主に介護している兄弟が立て替えるケースは少なくありません。しかし、この「立て替え」が当然のように続いてしまうと、後から兄弟に請求した際に「そんなにかかっているとは知らなかった」「勝手に使ったのではないか」とトラブルになりやすくなります。
厚生労働省の介護保険制度に関する資料でも、在宅介護における自己負担額は、要介護度やサービス利用量によって月に数万円から十数万円になることもあるとされています。これが数年単位で続けば、個人が負担する金額としては決して軽いものではありません。介護費用は「少しずつ」「いつの間にか」膨らんでいくため、後からまとめて請求しようとしても、兄弟側が実感を持ちにくいのが現実です。
では、実際に介護をしていない兄弟に費用を請求したい場合、どうすれば良いのでしょうか。基本となるのは、次の三つのステップです。
- 介護にかかっている費用をできるだけ正確に記録する
- 領収書や明細を保管し、使途を説明できる状態にしておく
- 感情的になる前に、兄弟全員で話し合いの場を持つ
話し合いの中で、親本人の年金や貯金からどこまで支払うのか、不足分を兄弟でどう分けるのかを具体的に決めていくことが重要です。この段階で取り決めができていないと、「今までの分を払ってほしい」と後から請求しても、「そんな約束はしていない」と拒否されてしまうケースが多くなります。
また、どうしても話し合いがまとまらない場合には、家庭裁判所の調停を利用する方法もあります。調停では、第三者である調停委員が間に入り、兄弟それぞれの事情や経済状況を踏まえたうえで、現実的な分担案を探ることができます。ただし、調停を申し立てること自体が兄弟関係に大きな影響を与えることもあるため、慎重な判断が必要です。
実際の事例では、母親の在宅介護をしていた長女が、毎月10万円近い費用を立て替え続けていたにもかかわらず、兄と弟は「介護保険があるからそんなにかからないはずだ」と考えており、支払いを拒否しました。その後、領収書や明細をまとめて提示し、ケアマネジャーにも同席してもらい説明したことで、ようやく現実を理解し、月々の費用分担が成立したというケースもあります。
このように、介護をしない兄弟にお金を請求できるかどうかは、法律だけで機械的に決まる問題ではありません。大切なのは、早い段階から情報を共有し、費用の「見える化」を行い、兄弟全員が現実を理解したうえで話し合いを重ねていく姿勢だと言えるでしょう。
介護をしない兄弟は相続で不利になる?
親の介護をしている人の多くが心のどこかで抱えるのが、「自分はこんなに大変な思いをしているのに、介護をしていない兄弟と同じ相続になるのはおかしいのではないか」という疑問です。結論から言えば、介護をしていないからといって、自動的に相続で不利になるわけではありません。日本の相続制度は、原則として「法定相続分」に基づいて財産を分ける仕組みになっているためです。
たとえば、配偶者がすでに亡くなっていて、子どもが二人いる場合、親の財産は原則として子ども二人で半分ずつ相続することになります。介護をしていたかどうかにかかわらず、同じ割合で分けるのが基本的な考え方です。この点を知らずに、「介護をしてきたから多くもらえるのが当然」と思い込んでいると、相続の場面で大きなショックを受けることになります。
ただし、ここで重要になるのが「寄与分」という制度です。これは、被相続人である親の財産の維持や増加に特別な貢献をした相続人が、法定相続分に上乗せして多く相続できる可能性がある、という仕組みです。たとえば、次のようなケースでは寄与分が認められる可能性があります。
- 無償に近い形で長年にわたり親の介護を続けた
- 親の事業を手伝い、財産を増やすことに貢献した
- 親の生活費や医療費を継続的に負担していた
しかし、寄与分が認められるハードルは決して低くありません。単に「同居して介護をしていた」というだけでは足りず、「通常の扶養義務の範囲を超える特別な貢献」があったことを、客観的な資料や証拠によって示す必要があります。たとえば、介護日誌、支出の記録、周囲の証言などが求められることもあります。
家庭裁判所に寄与分を申し立てる場合でも、必ずしも希望通りの金額が認められるとは限りません。実際には、主張が通らず、結果的に法定相続分に落ち着くケースも多く見られます。ここでも、「思っていたほど介護の貢献が評価されない」という現実に直面し、兄弟間の関係が完全にこじれてしまうこともあります。
また、親が生前に「介護してくれた子どもに多く遺したい」と考えている場合には、遺言書を作成しておくことで、相続内容をある程度調整することが可能です。遺言書があれば、原則としてその内容が優先されるため、介護をしてきた人の貢献が反映されやすくなります。ただし、他の相続人の「遺留分」との関係もあるため、専門家に相談しながら進めることが安心です。
実例として、父親の介護を10年以上一人で担ってきた長女が、父の死後、兄と同額の相続分しか得られなかったケースがあります。長女は強い不満を抱き、寄与分を主張しましたが、十分な証拠がなく、最終的には法定相続分に落ち着きました。その結果、兄妹の関係は修復できないほど悪化してしまいました。
一方で、別の家庭では、母親が元気なうちに公正証書遺言を作成し、「長男には法定相続分、長女には介護の貢献を考慮して多めに相続させる」と明確に意思を残していました。相続の際には多少の話し合いはあったものの、大きな争いには発展せず、比較的円満に手続きが完了しました。
このように、介護をしない兄弟が自動的に相続で不利になるわけではありません。現在の制度では、介護の貢献は「主張し、証明して初めて考慮される」ものです。そのため、将来の相続トラブルを防ぐためには、生前の話し合いや遺言の準備、介護の記録の保管などが非常に重要になります。
介護を担っている最中は、どうしても目の前の大変さに意識が向きがちですが、相続は必ず訪れる現実です。「そのときに考えればいい」と先送りにせず、早めに制度を知り、兄弟間でも情報を共有しておくことが、深刻な争いを防ぐ大きなカギになると言えるでしょう。
親の面倒は誰が見るべきなのか家族の責任を考える

親の介護が必要になったとき、「いったい誰が面倒を見るべきなのか」という問題は、多くの家庭で必ずと言っていいほど浮上します。結論から言えば、親の面倒は特定の一人だけが背負うものではなく、家族全員がそれぞれの立場で関わり合い、支え合うものだと考えるのが現実的です。誰か一人にすべてを押し付けてしまうと、心身の負担が限界を超え、家族関係が壊れる原因にもなってしまいます。
日本では高齢化が急速に進み、65歳以上の高齢者が人口の約3割を占める時代になっています。厚生労働省の統計でも、要介護・要支援の認定を受けている高齢者は増え続けており、今や「親の介護は特別な家庭だけの問題ではなく、誰にでも起こり得る身近な課題」だと位置づけられています。このような社会背景の中で、介護を家族だけで完結させるのは非常に難しくなってきています。
現実には、親と同居している子ども、実家の近くに住んでいる子ども、遠方に住んでいる子どもなど、兄弟それぞれの生活環境は大きく異なります。そのため、介護の関わり方も、必ずしも平等にはなりません。しかし、重要なのは「介護の形は違っても、責任は家族全員で共有する」という意識を持つことです。
たとえば、日常的な介護を担う人がいる一方で、金銭的な支援をする人、各種手続きや連絡調整を担当する人、定期的に帰省して介護のサポートをする人など、役割は分けることができます。負担の形は異なっていても、「誰か一人だけがすべてを背負っている状態」を避けることが、長期的には非常に重要になります。
実際の介護現場でよく見られる役割分担の例は、次のようなものです。
- 親と同居して日常生活の介助を中心に行う人
- 介護保険サービスや施設探しを担当する人
- 医療機関や役所との手続きを引き受ける人
- 介護費用の一部または大部分を金銭的に支援する人
- 定期的に帰省して介護者の休息時間を確保する人
このように、それぞれが「できる形」で関わっていくことが、現実的な家族の責任の分かち合い方だと言えるでしょう。すべてを物理的な介護だけで判断してしまうと、「やっている・やっていない」という単純な対立構造になりがちですが、実際には目に見えない支えも数多く存在します。
また、親自身の意思も非常に重要な要素です。「できるだけ自宅で過ごしたい」「子どもに迷惑はかけたくない」「施設に入りたい」など、親の希望は人それぞれです。家族の責任を考える際には、親の気持ちを無視して話を進めるのではなく、できる限り本人の意向を尊重しながら、家族全体として無理のない形を探っていく必要があります。
実例として、父親が要介護状態になった際、長男が「自分が仕事を辞めて面倒を見るべきだ」と一人で抱え込もうとした家庭がありました。しかし、介護が長期化するにつれ、長男は経済的にも精神的にも追い詰められてしまいました。そこで家族会議を開き、長男は日常の見守り、次男は金銭的支援、長女は週末の介護サポートという形で役割を分担し直したところ、負担が分散され、家族全員が無理のない形で介護に関われるようになりました。
このように、「誰が面倒を見るべきか」という問いに対する唯一の正解は存在しません。大切なのは、家族全員が現実を直視し、それぞれの立場や環境に応じて責任を分け合うことです。そして、その話し合いを避けずに、何度でも話し合う姿勢こそが、介護を続けていくうえでの土台になります。
親の介護は、短期間で終わるものではありません。数年、場合によっては10年以上続くこともあります。その中で、一時的な「気合」や「犠牲」だけで乗り切ろうとすると、必ずどこかで限界が来てしまいます。家族の責任とは、我慢を強いることではなく、無理なく続けられる仕組みを一緒に作っていくことだと言えるでしょう。
親の面倒を見るのは義務なのか法律上の扱いは?
親の介護について考えるとき、「そもそも親の面倒を見るのは法律上の義務なのか」という疑問を持つ人も少なくありません。結論としては、日本の法律では、親の生活を支える「扶養義務」は子どもに定められていますが、必ずしも「直接介護をしなければならない義務」があるわけではありません。この点を正しく理解していないと、「やらなければ罰せられる」「拒否すれば罪になる」といった誤解から、不必要に自分を追い詰めてしまうことがあります。
民法には「直系血族および兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある」と定められています。ここでいう扶養とは、主に「生活に困っている親を経済的に支えること」を意味します。つまり、親が自分の資産や年金だけでは生活できない状態になった場合、子どもは能力の範囲内で生活費を援助する義務があるという考え方です。
一方で、「毎日身の回りの世話をする」「通院に付き添う」「排せつや入浴の介助をする」といった直接的な介護行為については、法律で明確に義務付けられているわけではありません。あくまで、家族の話し合いや状況に応じて決める「事実上の役割分担」という位置づけになります。この点を知らないまま、「自分がやらなければならない」と思い込んでしまうと、心身ともに大きな負担を抱え込む原因になります。
また、扶養義務があるからといって、兄弟全員が同じ金額を必ず負担しなければならないわけでもありません。実際には、それぞれの収入や生活状況、家族構成などを考慮したうえで、負担の程度は調整されるのが一般的です。たとえば、収入が高い兄弟が多めに負担し、経済的に余裕のない兄弟は少額にとどめるといった形も、法律上は認められています。
厚生労働省の資料でも、介護は「公的介護保険制度を中心に、家族だけに負担を集中させないこと」が制度の基本的な考え方とされています。介護は社会全体で支えるものという位置づけであり、家族がすべてを背負うことを前提とした制度設計にはなっていません。
しかし現実には、「家族なのだから当然」「長男だから」「同居しているから」といった理由で、暗黙のうちに責任が押し付けられてしまうケースが非常に多く見られます。このような状況が続くと、介護を担う人だけが仕事を辞めざるを得なくなったり、心身の不調を抱えたりすることにつながります。法律上の義務と、家族内の慣習や思い込みは、必ずしも一致していないという点を理解しておくことが重要です。
実際のトラブル例として、母親の介護をしていた長男が、兄弟から「長男なのだから親の面倒を見るのは当然だ」と言われ続け、経済的にも精神的にも限界に追い込まれてしまったケースがあります。長男は仕事を辞めて介護に専念しましたが、数年後にうつ状態となり、介護そのものが続けられなくなってしまいました。このように、「義務」という言葉の重さが、本人を追い詰めてしまうことも現実には起こっています。
一方で、扶養義務をめぐって家庭裁判所が関与するケースもあります。親が生活に困窮し、どの子どもも十分な支援をしない場合、親自身や自治体が調停や審判を申し立てることもあります。その際には、子どもそれぞれの経済状況などが考慮されたうえで、負担額が決められることになりますが、ここでも「直接介護を誰がやるか」よりも「生活費の負担」が主な争点となります。
つまり、法律が求めているのは「親を見捨てないこと」であって、「必ず誰かが身の回りのすべてを世話すること」ではありません。介護を家族だけで抱え込むのではなく、介護保険サービスや地域の支援、施設などを活用しながら、現実的な形で親の生活を守っていくことが、法律の趣旨にも合った向き合い方だと言えるでしょう。
親の面倒を見ることを「義務だから仕方ない」と捉えるのではなく、「家族としてできる範囲で支え合うこと」として考え直すことが、介護疲れや兄弟間の不公平感を和らげる大きなポイントになります。
まとめ:親の介護で兄弟の不公平は生まれる?知恵袋で多い悩みと解決の考え方
ここまで見てきた通り、親の介護をめぐる兄弟間の不公平は、決して特別な家庭だけに起こる問題ではありません。むしろ、多くの家庭が同じような悩みを抱え、知恵袋などの相談サイトでも日々数多くの声が寄せられています。結論として、兄弟の不公平は「環境の違い」「役割の偏り」「お金と感情の問題」が重なり合うことで、自然と生まれやすいものだと言えます。
介護の現場では、どうしても親の近くにいる人が実務を担うことが多くなります。その結果、時間的・精神的・経済的な負担が一人に集中しやすく、「自分ばかりが損をしている」という思いが強くなってしまいます。一方で、離れて暮らす兄弟は、現場の大変さを実感しにくく、「そこまで深刻だとは思っていなかった」という認識のズレが生まれやすくなります。このズレこそが、不公平感や不信感の大きな原因になります。
また、親の面倒を見る責任についても、「誰か一人がすべてを背負うべきもの」ではありません。家族全員が立場に応じて関わり合い、役割を分け合いながら支えていくことが、本来の家族の責任の形だと言えるでしょう。法律上も、直接介護の義務が一人に強制されているわけではなく、経済的な扶養を中心とした支え合いが求められているにすぎません。
不公平を感じたときに最も大切なのは、「我慢し続けないこと」です。介護は長期にわたることが多く、最初の小さな不満を放置してしまうと、やがて取り返しのつかない対立に発展してしまいます。費用の記録を取る、介護の状況を共有する、定期的に家族で話し合うなど、できることを一つずつ積み重ねていくことが、不公平感を減らす近道になります。
さらに、介護保険サービスや専門家の力を借りることも、不公平を解消する大きな助けになります。介護は「家族だけで抱えるもの」ではなく、「社会全体で支えるもの」へと考え方が移り変わってきています。この流れを上手に活用することが、介護する側にも、される側にも、無理のない生活をもたらします。
兄弟間の不公平は、避けられない部分もありますが、話し合いと工夫によって、深刻な対立へ進むのを防ぐことは十分に可能です。「自分だけがつらい」「どうして協力してくれないのか」と感じたときこそ、一人で抱え込まず、家族全員で現実と向き合う姿勢が何よりも大切になります。
親の介護は、家族のこれまでの関係や価値観を映し出す出来事でもあります。だからこそ、感情が揺れ動きやすく、衝突も起こりやすくなります。しかし、その一方で、話し合いを重ねることで家族の絆が深まる場合もあります。知恵袋で多く見られる悩みも、決して他人事ではありませんが、正しい知識と現実的な対処法を知ることで、乗り越えられる問題は数多く存在します。
親の介護に正解はありませんが、「誰か一人にすべてを背負わせない」「お金と責任を曖昧にしない」「感情を溜め込まない」という三つの視点を意識することが、兄弟の不公平を最小限に抑え、家族全体が納得できる形で介護と向き合うための大きな指針になると言えるでしょう。
- ・親の介護は一人で背負うものではなく、兄弟それぞれが立場に応じて関わることが重要
- ・介護費用や役割分担は曖昧にせず、早い段階で話し合いと共有を行うことが不公平防止につながる
- ・法律上は経済的な扶養義務が中心で、直接介護の義務が一人に課されているわけではない
- ・知恵袋で多い悩みも、正しい知識と現実的な対処で兄弟間の深刻な対立は防ぐことができる
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